【本の紹介】機関車・電車の歴史


乗り物絵本の大家、山本忠敬氏の鉄道イラストがこれでもかと詰め込まれた大作図鑑です。蒸気機関車登場の更に前、車輪の登場から説き起こし、トレシヴィックの蒸気機関車から新幹線500系まで、古今東西の鉄道車両が時代順に描かれています。
一応子供向け(私も子供のために購入しました)イラスト図鑑の体裁を取っていますが、山本忠敬氏の鉄道イラストを大量に眺められるのは、鉄道好きなら年齢を問わず楽しい体験という方も多いでしょう。大人の鑑賞にも十分堪える良書です。

●鉄道史に名を残す車両は古今東西みな登場
そのボリュームたるや凄まじいもので、スティーブンソンのロケット号も、世界初の地下鉄で走った蒸気機関車も、シーメンスがデモンストレーションした世界最初の電気機関車も、世界最速の蒸気機関車マラード号も、新幹線0系も、本格的インバーター制御車の先駆者ドイツ国鉄120形も、鉄道史に名を残す車両はみな描かれています。
そればかりか、支線区用のタンク機関車や入換用のディーゼル機関車など、決して華やかとはいえない車両も山のように載っており、一体どこからこんなに沢山の車両の資料を集めたのかと不思議に思うくらいのボリュームです。イラストだけなら写真があれば何とか描けそうな気もしますが、スペックも全車両について載っているのですから、事前の資料集めの時点で大変な時間がかかっているものと思います。 続きを読む

【本の紹介】福島尚鉄道画集 線路は続くよ


 鉄道画家として少しずつ知名度を上げている、福島尚氏の絵画集です。
 作者の地元である埼玉県の鉄道を中心に、主に関東と東北地方の鉄道を描いた絵画が58点収録されています。題材は作者にとって特に身近と思われる八高線と西武鉄道が多く、キハ35系や西武701系・401系、黒い貨車を連ねた貨物列車など地味な車両で、その他の題材でもEF57の荷物列車やED75の夜行急行など、華やかな素材はほとんど出てきません。しかし、だから絵から受ける印象が地味かというと全く逆で、列車の格好良さを最大限引き出した絵ばかりが掲載されています。
 特に列車の力強さを強く印象付けられる絵が多く、彩度を抑えた濃い目の色遣いとはっきりとした線がそれを強調しています。例えば西武701系が所沢駅に停車している絵など、ごくありきたりだった場面のはずですが、それがなぜか格好良く見えてくるから不思議です。
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【本の紹介】乗り物にみるアジアの文化(澤 喜司郎著)

中国・タイ・韓国・ミャンマー・台湾・ベトナム・香港・シンガポールの交通を通じて、各国の文化的特徴を概観することを狙った本です。
いずれの国についても、どのような交通手段があるか紹介し、その交通手段の長所・短所と、それがどのような文化的背景から生まれたのかを解説する構成になっています。交通手段の解説については、都市間交通についても書かれていますが、ボリューム的には都市内交通に多くが割かれています。

●バラエティ豊かな各国の交通を紹介
各国の交通手段の紹介では、バラエティに富んだ交通手段の姿が楽しめ、非常に興味深いものになっています。
香港の二階建て路面電車、タイのトゥクトゥクなど、観光資源として有名な交通機関だけにとどまらず、日本の事業者のカラーでミャンマーを往来する日本製中古バス、台湾の道路を埋め尽くすスクーターなど、日本には見られない特徴的な交通事情も全編にわたって紹介されています。
また各国のユニークな交通機関を紹介するだけでなく、どの国にもある交通機関について各国ごとに差異がわかるのも楽しい点です。例えば自転車タクシーについて、タイのサムローは運転手の後ろに客席があって折りたたみ幌付き、ベトナムのシクロは前に座席があって屋根が常設、ベトナムのサイカーは多雨の気候なのになぜか屋根なしと、交通手段としての役目はほぼ同じなのにそれぞれ違った形態に発展していることが見て取れます。
また本書では行政による規制・政策についても言及されているのが特徴で、例えばシンガポールの地下鉄は禁煙・飲食禁止・駅をぶらぶら歩き回るのも禁止と厳しい規則があるそうですが、これについて「シンガポールは多民族・多宗教国家で、狭い国土に価値観や生活習慣、公衆道徳レベルの異なる多くの国民や旅行者、駐在員、移民や出稼ぎ労働者もいるため、民族や宗教などにとらわれない法律を制定して等しく遵守を求め、それによって治安と秩序を維持し、迷惑行為を抑制し、街の衛生と景観を保とうとしているからです」と記述されているなど、ただの旅行ではわからないであろう事情もわかって興味深いものです。
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【本の紹介】路面電車発展史(大賀寿郎著)

●他書にない内容が盛りだくさん
鉄道趣味誌ではあまり名前を見かけない著者、鉄道書の実績が決して多いとは言えない出版社から出る本と言うことで、正直なところ名前に見合った内容になっているのか不安に思いながらの購入だったのですが、不安は否定されました。
従来の鉄道書では詳細な技術や価値について語られる機会の少なかった、PCCカーとタトラカーを軸に、日本の路面電車との関係も記載した本で、他の本にない内容が盛りだくさんです。
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【本の紹介】世界の鉄道紀行

●タイトルは平凡、内容は非凡
『世界の鉄道紀行』とは何とも直球ストレートなタイトルですが、「世界の」という言葉に偽りはなく、本当に世界各地の鉄道乗車記が収められています。中国や台湾といった近場から、タイ、オーストラリア、ハワイなど普通の人の旅行先としても人気の場所もあれば、キルギス、ボリビア、ザンビアなど、普通の日本人旅行者はめったに行かないであろう国々まで、バラエティに富んでいます。おそらくは意図的にバランスをとるように選ばれたのでしょう。
列車の性格もそれこそピンからキリまでバラエティに富んだものが選ばれており、「ピン」の方ではマチュピチュに向かう観光列車や、ハワイの蒸機保存鉄道、ザンビアのクルーズトレインといった列車に乗車している一方で、「キリ」の方もまた色々掲載されています。キリ具合も列車によって濃淡ありますが、本書の中でもっとも激しいキリ具合と言えそうなのは、カンボジアの混合列車と、ボリビアのレールバスでしょうか。

●日本では想像もつかない列車の乗車記も
カンボジアの列車乗車記では、外販が錆びつき窓ガラスがないなどは序の口で、「内側壁と天井板は半分以上剥がされて木の骨組みが露出。木製の座席は一部が床下に陥没している」といった有様の強烈なボロ客車の様子が記されています。とはいえ、客車が想像を絶するボロだったから散々な旅行だったかといえばそうではなく、筆者が「乗ってよかった」と本心から思っているであろう体験をするのですが。
またボリビアでは、列車に乗ろうと思ってホームに行ったら、それはレールバス、というよりほぼバスでで唖然としたという話も書かれています。「レールバス」といっても、日本で想像するような第三セクター鉄道や南部縦貫鉄道のようなもではなく、ボンネットバスのタイヤを取り払って車輪を付けたような、正真正銘のバスがホームに待っていたなどと書かれており、「『列車』と呼ぶにはあまりに珍妙な姿を見た瞬間、私は唖然とした」という一文にも納得させられる描写です。 続きを読む

【本の紹介】Transit Maps of the World

その名の通り、世界中の路線図を集めた本です。対象としては地下鉄路線図が主で、地下鉄を有する世界のありとあらゆる都市の路線図が一冊に集められています。また一般的な地下鉄でなくても、一部に地下鉄っぽい区間がある路線――ドイツ各地のシュタットバーンや、広島のアストラムラインなど――も取り上げられています。

本書の構成は5章に分かれており、基本的には路線網の大きな都市から小さい都市へという流れです。とはいえ、単純に路線網の大きい順かというとそうでもなく、例えば最初の章ではベルリン、シカゴ、ロンドン、マドリード、モスクワ、ニューヨーク、パリ、東京が取り上げられており、大規模路線網を持ちつつも歴史の浅いソウル、メキシコシティなどは後ろの章へ回っています。つまり、路線網が大きくて、かつ歴史の長い都市のほうが取り上げるべきネタがいろいろあって面白いから、最初の方に持ってきたということなのでしょう。

事実、これらの都市の路線図は興味深いものが多数掲載されています。例えばベルリンでは東西分断時代の路線図が掲載されており、西ベルリン発行の路線図では東側の路線も描かれているのに、東ベルリン発行の路線図では西ベルリンの路線は完全に無視されていることがあったりします。またモスクワの路線図では、古い時代の路線図では実際の路線の形状にある程度忠実に描いていて、地上のランドマークも載っていたりしたのに、ある時代を境目に突然単純化され、環状線は真円で、放射線はほぼ直線で描かれるようになるなど、極端なまでの変化を起こしていたりします。
ロンドンの頁では、現代的路線図の元祖として有名なハリー・ベック作成の路線図が掲載されているのはもちろんのこと、その原案となったスケッチまでも収録されています。
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【本の紹介】地域再生の戦略(宇都宮浄人著)


公共交通の復権について多くの著作を持つ、宇都宮氏の新刊です。
本書の主旨は、これまでの宇都宮氏の著作と同じです。すなわち、「公共交通は単独の事業採算性だけで価値を判断すべきではない。赤字になりそうな路線は作らない、今赤字の路線は廃止する、でいいのか。それは日本の都市をダメにしているのではないか」ということです。
この問いかけは宇都宮氏の多くの著作の中で一貫して投げかけられていますが、本書ではそれについての解答にヒントとなりうる事実について、最新の情報を紹介しています。
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【本の紹介】うみまち鉄道運行記 -サンミア市のやさしい鉄道員たち-

今回は柄にもなくライトノベルをご紹介します。
といっても、ノベルとして重要であるところのストーリーのことは、私よりもっと適切などなたかが批評して下さるでしょうから、ここではもっぱら鉄道ファンとしての見地から、鉄道描写に絞ってご紹介したいと思います。

●アメリカのインターアーバンがまだ元気だった時代という、異色の舞台
本書の舞台は、サンミアという架空の街を中心に展開するインターアーバン、サンミア湾電鐵という架空の鉄道です。年代設定ははっきりとは明かされていません。
といっても、表紙に描かれた電車の形状、「羽と鍵」という社章の表現、上下二段式の鉄道道路併用橋が出てくるところからして、アメリカ・サンフランシスコにかつて存在したインターアーバン、「キー・システム」がモチーフであることは明らかです。
もっとも、線路が高架で街路の上を走り、道路の交差点上で線路も一緒に極小半径で曲がったりもしますから、シカゴ・Lあたりの高架鉄道も混じっているでしょうか。
それから、ライバル鉄道の最新型特急車「ストラト・ライナー」として登場するのは、文中の形状描写からしておそらく1934年登場の画期的な高速列車、パイオニア・ゼファーがモチーフでしょう。パイオニア・ゼファーが最新型であり、一方で木造電車が作品中に登場してくる時代ということから、おそらくは1930年代が舞台でしょうか。
日本在住の読者を想定した小説としては珍しい舞台設定と言えますが、日本に比べ万事大雑把なアメリカ、それも過去の時代が舞台となれば、本書で語られる(現代日本の社会では到底考えられないハチャメチャな)エピソードの数々もさして非現実的とは感じさせません。
それに何と言っても、重厚な三軸台車を履いた連接電車、周囲に強烈な印象を与えていたであろう黎明期のステンレスカー、ダークレッドに塗られた車体からトロリーポールを生やした木造電車など、この国・この時代ならではの登場電車群が実に魅力的なのです。
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【本の紹介】インドネシア鉄道の旅 – 魅惑のトレイン・ワールド(古賀俊行著)

●インドネシアの鉄道に関しては決定版か
ジャカルタ首都圏への日本中古電車投入で注目を浴びるインドネシアですが、それだけがインドネシアの鉄道じゃないんだということを認識させてくれる本です。インドネシアの鉄道の総延長は約4000kmとのことで、幹線には客車を何両も連ねた優等列車が走り回り、ジャカルタでは10両編成の通勤電車が活躍と、東南アジアでは有数の鉄道大国と言えそうです。
本書のページ数は300ページ近くあり、その中にぎっしりと情報が詰め込まれていて、インドネシアの鉄道についてはおそらく決定版と言える内容です。

●「鉄道の旅」だけに留まらない内容
タイトルこそ『インドネシア鉄道の旅』という、一見旅行記的なものですが、内容はインドネシアの鉄道についてあらゆる内容を網羅しており、「旅」だけに留まりません。
インドネシアにおける鉄道の歴史、幹線鉄道の概要、路線図といった総説的なところはもちろんのこと、国鉄ほぼ全路線の概要や乗車記、各車両形式についての解説なども掲載されています。日本人鉄道ファンに人気のジャボデタベック電鉄線についてももちろん掲載されており、車両解説や沿線風景などが約20ページを割いて書かれています。ジャボデタベックの鉄道というと、日本に入ってくる情報はどうしても日本製中古電車の現状が中心になってしまいますが、本書では創業期からの電鉄線の歴史や、工事中の地下鉄プロジェクトなど、他では取り上げられにくい内容も載っています。
一方、都営地下鉄からの電車が初めてジャカルタに渡るまでは、インドネシアの鉄道といえば製糖工場の蒸気機関車が日本ではよく取り上げられていた記憶がありますが、こちらについても、今でも蒸気機関車を有する14箇所の製糖工場を紹介しています。バラストが殆ど無いヘロヘロ線路を小さな蒸気機関車が走る魅力的な写真が何枚も掲載されているばかりでなく、親切にも稼働中の蒸機に出会える可能性、行き方の難易度まで分かるよう書かれています。
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【本の紹介】『世界の路面電車ビジュアル図鑑』疑問点・誤記一覧

以前掲載した記事で『世界の路面電車ビジュアル図鑑』を取り上げましたが、読んでいく中で、情報が古い箇所や誤った情報が掲載されている箇所、読者にとって不親切と思われる箇所を多く見つけましたので、備忘録としてここに掲載しておきます。
一応お断りしていますが、以下の表に取り上げたからといって絶対に間違いだというわけではなく、資料や事実の解釈の仕方が私と編著者とで異なったり、そもそも正確な事実そのものが不明であったりした結果、見解が相違してしまったという可能性があります。また内容に疑義がある箇所だけでなく、「このように編集するほうがより読者に親切ではないか」という点も取り上げています。

とはいえ、私はなにぶん浅学菲才の人間ゆえ(ロシアやウクライナ、ルーマニア、南米各国その他、下記の表で触れることができていない部分がどっさりあることが、私の浅学ぶりを証明しています)、下記の内容もまた誤った知識に基づいているという恥ずかしい事態を生じている可能性も大いにありますので、「本ではこう書かれているが本来はこう書くのが正しい」という厳密なものではなく、「このへんがちょっと怪しい、ちょっとわかりにくい」くらいの話に捉えていただければと思います。もちろん、下記のように重箱の隅をつつくような間違いがあるからといって、世界中の路面電車を一冊に集めたという本書の貴重さはまったく薄れるものではなく、類書のない試みであることに変わりはありません。
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