【本の紹介】うみまち鉄道運行記 -サンミア市のやさしい鉄道員たち-

今回は柄にもなくライトノベルをご紹介します。
といっても、ノベルとして重要であるところのストーリーのことは、私よりもっと適切などなたかが批評して下さるでしょうから、ここではもっぱら鉄道ファンとしての見地から、鉄道描写に絞ってご紹介したいと思います。

●アメリカのインターアーバンがまだ元気だった時代という、異色の舞台
本書の舞台は、サンミアという架空の街を中心に展開するインターアーバン、サンミア湾電鐵という架空の鉄道です。年代設定ははっきりとは明かされていません。
といっても、表紙に描かれた電車の形状、「羽と鍵」という社章の表現、上下二段式の鉄道道路併用橋が出てくるところからして、アメリカ・サンフランシスコにかつて存在したインターアーバン、「キー・システム」がモチーフであることは明らかです。
もっとも、線路が高架で街路の上を走り、道路の交差点上で線路も一緒に極小半径で曲がったりもしますから、シカゴ・Lあたりの高架鉄道も混じっているでしょうか。
それから、ライバル鉄道の最新型特急車「ストラト・ライナー」として登場するのは、文中の形状描写からしておそらく1934年登場の画期的な高速列車、パイオニア・ゼファーがモチーフでしょう。パイオニア・ゼファーが最新型であり、一方で木造電車が作品中に登場してくる時代ということから、おそらくは1930年代が舞台でしょうか。
日本在住の読者を想定した小説としては珍しい舞台設定と言えますが、日本に比べ万事大雑把なアメリカ、それも過去の時代が舞台となれば、本書で語られる(現代日本の社会では到底考えられないハチャメチャな)エピソードの数々もさして非現実的とは感じさせません。
それに何と言っても、重厚な三軸台車を履いた連接電車、周囲に強烈な印象を与えていたであろう黎明期のステンレスカー、ダークレッドに塗られた車体からトロリーポールを生やした木造電車など、この国・この時代ならではの登場電車群が実に魅力的なのです。

●電車を運転する醍醐味を鮮やかに描いた作品
電車を運転する醍醐味、と言っても実際に経験できるのは一握りのプロだけに許される話ですが、おそらくは実際に存在するであろうその感覚を、素人が文章で経験できるのが本書の最大の魅力です。
第一章も早々から、ノンストップ急行電車の遅延回復運転で吊り掛け電車をぶっ飛ばし、読者をぐいぐい引き込んでくれます。

箱の中で杵つき水車がいくつも連なったような構造のカムシャフトの群れが回転して、モーターに掛かる電圧はゆるやかに上がり

と書かれれば、マスコンの指令に応えて制御器が奏でるリズムとともに、速度が増していく様が鮮やかに脳裏に浮かびます。また

一瞬だけモーターの音が途切れたと思ったら、次の瞬間モーターが加速の時とは明らかに違う低い声で唸る

とくれば、京浜急行のような熱い運転を、吊り掛け電制のけたたましい音とともに行うがごとき迫力が想像できます。
第三章では道に迷った外国VIPが事もあろうに定期列車を接収、次の公務に間に合うよう臨時お召し列車としてノンストップ運転を行う羽目になります。間に合わせるためには先行する長い貨物列車を追い抜くことが必要で、そのため事もあろうに逆線運転なぞが運転士に指示されますが、

普段は気にしたことのない高架橋の左端(アメリカは右側通行ですので、左の線路を走ると逆線運転)を、信号と標識が揃って尻を向けて飛んでゆく

などというのは、実際の運転士が経験したら恐怖のどん底に突き落とされるような光景の筈で、それを強調して描写するのは鉄道にそれなりの(またはそれ以上の)愛着と知識がなければできないことでしょう。

●鉄道好きだけが思いつくことのできる、最高に格好の良い鉄道描写
それ以外にも、各所に格好良い鉄道描写が登場する本書ですが、管理人として最も格好良いと思えるのは、列車強盗に遭って運転士と車掌がピンチに陥る中で描かれる、このシーンです。

それは、明らかに電車だった。
「な、なんで電車が――――」
ジョナスンの言葉を遮ったのは、機械仕掛けの神による回答だ。
ぱああああああああああああああああああんっっ!
……
空気警笛より高らかで軽薄な、電気警笛の雄叫びが廃墟いっぱいに響き渡る。
その場に居た全ての人間が、その突然の轟きに我を忘れる。
電気警笛を積んでいる車両なんて、サンミアの鉄道にはたった一編成しか無い。

電気笛! そんなものを重要な場面の重要なアイテムとして使うなど、鉄道好きでなければ誰が考えつくでしょうか。
たかが電車の警笛を「機械仕掛けの神による回答」などと云うのも、凡人には思いつかぬ痛快な表現です。

この場面をクライマックスとして、本書は全編にわたり魅力的な鉄道描写が満載で、(普通に小説として楽しむのももちろん良しですが)鉄道好きならば鉄道描写だけを目当てに買っても損はありません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です