【本の紹介】鉄道車両のデザイン

●デザイナー自らが内幕を語った、画期的な本
近畿車輛のデザイナーであった著者による本。
鉄道ファンのうち多くの方は、車両のデザインに大きな興味を持っていることと思いますが、デザインの出来をああだこうだと語る人は数知れずとも、デザインを行う立場の方が語る情報はこれまで非常に限られていました。

近年では、水戸岡鋭治氏がデザインした車両については、内実が語られることが多くなりました。しかし水戸岡氏に依頼する鉄道会社の多くは、非日常性を求める車両のデザインを依頼するケースが多く(JR九州など例外もありますが)、ビジネスユース中心の長距離列車や、ごく普通の通勤電車などは、一体どういう意図で、どういうプロセスで、何に留意してデザインされるのか語られることは従来殆ど無く、画期的と言ってよい内容だと思います。

●タイトルに恥じない内容
「鉄道車両のデザイン」というのは、なんとも直球勝負のネーミングですが、そのタイトルにふさわしく、内容は網羅的です。デザイナーとは車両設計・製造のうちどこからどこまでに関与するのか、デザインはどういうプロセスで進めるのか、守るべき制約条件は何なのかといった基本的な話から、事例紹介や現場での苦労話まで、この一冊を読めば鉄道車両デザインのことは一通りわかるようになっています。

●多くの事例を引き合いに出して語られる、デザインの方法
デザインをどうやって、またどういう点を意識して行うのかは、具体的な事例を豊富に引き合いに出して語られています。
例えば運転席のデザインについては、広島電鉄5100型を例に、モックアップまで作って操作性や視界などについて検討したという話が紹介されており、また車体のカラーリングについては、フラノエクスプレスを例に出して、雪中走行する際の被視認性を懸念されながらも、リゾート客のイメージに合うよう白色塗装とすることを説得した、といったことが紹介されています。
鉄道ファンの読者なら「ああ、あの車両のあの部分ね」とイメージしながら読み進めていけますから、教科書を読んでいるような退屈とは全く無縁です。

また海外鉄道に興味を持つ者にとってはうれしいことに、説明の中では海外向けの事例も多く取り上げられており、近年の大型案件として話題になったドバイメトロ向け電車、日本人も乗車経験がある人は多いであろう香港MTR地下鉄電車(私も乗ったことがあります)、近畿車輛が得意とする北アメリカ向けLRVとしてシアトル・ダラス向け車両などが出てきます。

特に海外向け車両については、車両の概要すら日本ではあまり紹介されないことも多く、そのような状況の中で一部とはいえデザインプロセスまでわかるというのは、きわめて貴重なことです。

●ただ乗るだけでは判らない、デザイナーの苦労の数々
海外向け車両のデザインでは、当然のことながら文化の違いで苦労することも多かったようで、興味深い逸話が数多く紹介されています。

例えばドバイメトロ電車では、何回案を出しても床デザインについて顧客の承認を得られず、やむなく現地のコンサルタントに聞いたら「模様が無いから」が理由で、イスラム教では床に顔を付けてメッカの方を礼拝する習慣があるため、床のデザインが重視されるという文化的背景があった……とか、香港向け電車でモケット張りの椅子を提案したら却下され、なぜかと問うと「高温多湿の香港では、ひんやりとした感触の方が好まれる」と言われたり(この椅子は私も座って不思議に思った経験があり、本書を読んで納得しました)……と、非常に興味深いです。

もちろん国内向け車両についても、興味深いエピソードが次々に出てくるのは言うまでもありません。

多くの人が関心を持っているにも関わらず類書の少ない分野について、本格的に語った貴重な本と言えましょう。

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