少し古い話になりますが、2009年、プラハ市電を訪問しました(「トラムのひびき」サイトのプラハ市電のページにある音は、その時収録してきたものです)。
その際、プラハ城の近くにある都市交通博物館を訪問しましたので、その時撮影した写真をお目にかけようと思います。
名称は都市交通博物館ですが、展示の中心は路面電車で、古い車庫を転用した建物内に所狭しと電車が並んでいます。
まずは一番古いこの車両から。1886年から使われた鉄道馬車時代の車両です。車両は本物の模様ですが、馬はもちろん実物大模型です。ちなみに博物館のパンフレットによると、プラハ市電で初めて電気運転が始まったのは1896年で、馬力運行が廃止されたのは1905年とのこと。
次に古いのがこの88号。1900年に登場した車両で、ダークグリーンの外観が異色ですが、これは現行の赤白の塗り分けが始まったのが1908年で、それより前に登場したからということです。それにしても、1908年以来塗装が変わっていないというのも凄いですね。
1901年登場の109号と、それに続くのは1896年登場でオープンタイプのトレーラー526号。現在とほぼ同じ塗装を纏っていますね。
これまた異色の200号。
色が一般車と違うこともさることながら、車体各所の優美な装飾が特別な車両であることを物語っています。この時代で曲面ガラスを使っているのも贅沢。
暗くて恐縮ですが、車内はこのように市内電車というよりはカフェのような華やかさ。市内観光用として1900年から使われていました。
275は1908年登場、後ろの624は1909年登場です。このように電停が置いてあったりすると雰囲気が出ますね。系統番号表示が電照式になっています。
大胆にもフルオープンスタイルとなっている500号は1913年登場。市内観光と結婚式向けに1972年まで使われたそうです。それにしても、今でも日本に比べれば格段に涼しいプラハの夏ですが、温暖化の進んでいない当時はさらに涼しかったはずで、ちょっと天気の悪いときなど結構痩せ我慢して乗っていたことも多いのではないかと想像してしまいます。
2222は1930年登場。ちょっとわかりづらいですがトレーラーを2両牽引した3連になっています。正直20年前に登場した275などと比べても、あまり大きな変化はないようですね。
なお、都市交通博物館へは市電のVozovna Střešovice(ヴォゾヴナ・ストレショヴィツェ)電停で下車してすぐ目の前です。2014年4月現在、1・2・18・25系統が通りますが、プラハ市電の運行系統は頻繁に変更されますので、訪問前にプラハ交通局公式サイトの路線図を確認されるか、現地の交通局きっぷうりばで路線図を入手することをお勧めします(日本のガイドブックの路線図は情報が古いことがあります)。
開館日・営業時間・入場料は公式サイトをご確認下さい。