よくぞ出してくれた!というのが第一の感想です。
内容は、世界の大都市9つの都市交通(バス・路面電車・地下鉄・郊外電車、それから乗合馬車)の発達史と各都市ごとの特色を論じたものです。
取り上げられている都市は、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン、モスクワ、上海、ソウル、大阪、東京です。
●様々な性質の都市を取り上げる
世界に冠たる大都市であるNY・ロンドン・パリのほか、世界に類を見ない分断都市となったベルリン、資本主義国とはまったく異なる論理で都市計画が進められてきたモスクワ、かつて欧米列強の草刈り場であり近年は新興国の発展を象徴する上海、世界的大都市のひとつでありながら道路交通への依存度が高いソウル、そして大阪・東京と、それぞれ特色ある大都市を選んで取り上げており、偏りなく様々な性質の都市を見せようとする編者の意図が伝わってきます。
単純に地理的に見ると、アフリカ・中東・南米の都市が無いのが気にならないでもありませんが、これらの地域には上記9都市と比肩するほど公共交通が発達していて、かつ上記9都市とは異なる特質を持つ都市が見当たらない、ということなのでしょう。
●歴史まで詳述している、他に類を見ない本
世界の都市交通について取り扱った本はいくつかありますが、軌道系交通機関にフォーカスを当て、また発行時点の現状をメインに扱った本がほとんどです。バスも含めて記述され、また歴史も結構なボリュームで書いてあるという点において本書は貴重です。
特に興味を惹かれるのは、共産主義国の都市についての記述でしょうか。
例えば中国の上海は、人口の割にはかなり最近まで都市鉄道が貧弱で、人々の移動需要は一体どうやって賄っているのかと不思議に思う路線網でしたが、これは最近まで仕事は国家が決めており、職住近接になるように職場を割り振っていたためとのことで、日本に住んでいると想像もつかないような事情が都市交通に影響を与えていたことに驚かされます。
●著者はバラバラでも、扱う範囲はバラつき少なく
なお、類書である「鉄道の世界史」では、著者によって扱う時代・テーマが大きくばらついており(鉄道創業時から現代まで網羅的に歴史を記述している章もあるかと思えば、例えばアメリカの章では大陸横断鉄道開通もインターアーバンの隆盛もすっ飛ばして、鉄道斜陽期の運賃政策に焦点を当てていたり)、やや不満を感じるものでしたが、本書では著しいばらつきは無くなっているのも良い点です。
本書で時代・テーマについて一つだけ不満ある章といえば東京の章で、明確な意図の説明もなしに、路面電車の市営化までの時期の記述で筆を置いており、首を傾げざるを得ないところです。しかし補足として、その後から現代までの歴史について書かれた章が続いており、合わせて読めば通史として不足の無い内容になっています。