●大ボリュームの鉄道地図
知られざる鉄道大国、ポーランドの鉄道路線を網羅した鉄道地図です。
基本的な内容としては、以前ご紹介した『Eisenbahnatlas Schweiz(スイス鉄道地図)』などと同じく、地図上に鉄道路線を描いてあるものですが、出版社が違うほか、本としてのボリュームは大違いで、厚みは3cmもあります。
どうしてこれほど違うのかといえば、もちろんポーランドの国土が広大であるというのが要因のひとつですが、それ以上に内容が盛り沢山であることが大きな要因です。
●鉄道地図だけではない、充実した内容
ポーランド全土の鉄道路線について、現役の国鉄線だけでなく、ナローゲージ鉄道や工場専用線、廃止路線まで描かれており、地図そのものも充実しています。そればかりでなく、全路線の開業年・廃止年・旅客営業休止年の表や、全駅名索引が掲載されています。
なかでも大きな特徴は、地図で描かれた地域の沿線風景・列車・駅舎の写真が掲載されていることで、地図1ページにつきほぼ写真1ページの割合となっています。鉄道地図を眺めていると、どうしても現地の風景や車両がどんなものか気になってきますが、本書ではわざわざ別の書籍やインターネットを参照しなくても、その場で見ることができます。
また後半には、ポーランドの鉄道信号について表示の意味が解説されているページもあります。ポーランドでは点滅信号が全面的に使われていたり、補助灯が重要な意味を持っていたりと、日本とは表示体系がまったく異なっていることが理解できます。本線の一般的な色灯式信号機だけでなく、腕木式信号機や入換信号まできちんと意味が解説されています。
さらに、優等列車の運行系統図、各路線を最高速度別に色分けした図など、付録的な図も多数収録されています。
なお、ほぼ全ての説明文や判例には英語が付されていますので、ポーランド語が読めなくても内容を理解することが可能です。
右半分が地図、左半分が開通・廃止日一覧表と写真という構成が基本です。
●ポーランドの複雑な現代史が、鉄道地図から読み取れる
この地図帳からは、ポーランドが経験した複雑な(苦難の、と言ってもよいかもしれません)歴史が読み取れます。
パラパラとめくっていくと、国土の西半分と東半分で、鉄道路線の密度が大きく異なることに気づきます。西半分は鉄道路線が密で、その上至る所廃線だらけであるのに対し、東半分は明らかに疎らです。
これは、国土の西部が第二次大戦前はドイツ領であり、鉄道の有用性(もちろん軍事的な意味を多分に含みます)を高く評価して国中に鉄道を敷きまくったのに対し、国土の東部はポーランド領であり、かつ第一次大戦前の東部はロシア・オーストリアの支配下にあり、ドイツほど鉄道敷設に力を入れていたわけではないためです。
つまり、国境線の移動(これにはすなわち民族の追放といった状況を伴います)というキナ臭い事情が地図に現れたものです。
また各路線の開業・廃止年の一覧表を見ていると、1944年前後と1990年以降に廃止となった路線が多数見受けられるのに気づきます。
前者は言わずと知れた第二次大戦の時期で、ポーランドは全土が戦禍を受けたということの現われではないかと思います。戦乱で破壊され、そのまま復旧できなかったということなのでしょう。
後者は共産主義政権の崩壊後で、西側諸国ではもっと早くに始まったローカル線廃止の波が、ポーランドでは遅れてやってきています。おそらくは、共産主義時代には始まっていなかったモータリゼーションが、資本主義化とともに一気にやってきたことが原因なのでしょう。
ここにもまた、第二次大戦と東欧革命という、現代史を揺るがす大事件の影響(まあ後者は間接的なものですが)を感じることができます。
さらに本書では、第二次大戦前はポーランド領で大戦後はソ連領となった地域について、1939年現在の地図が収録されているほか、ロシア・カリーニングラード州(こちらは第二次大戦前はドイツ領)の現在の地図も収録されており、ポーランドの複雑な歴史を意識した編集方針が感じられます。
●単純に鉄道大国を楽しむことも
もちろん、上述のような難しいことは抜きにしても、本書は十分楽しめます。
地図の詳しさは、以前ご紹介した『Eisenbahnatlas』シリーズ(本書とは別の出版社から刊行されています)とほぼ同等で、相当な情報量が盛り込まれています。
また、共産主義時代は欧州で最も鉄道貨物輸送量が大きく、現在でも貨物輸送は相当盛んであることから、あちこちに操車場や貨物専用線が描かれており、重厚な鉄道施設が各所に存在することが読み取れます。重厚・複雑すぎて描ききれない、というエリアには拡大図が用意されており、「細部がわからない!」というイライラとは無縁です。
特に圧巻は、ポーランド最大の重工業地帯であり炭鉱地帯でもあるアッパーシレジア地方の拡大図で、あまりにも線路が沢山ありすぎて一枚では表現しきれず、同じ地域を三枚の図で描いており、それぞれ普通鉄道、貨物専用線、ナローゲージ鉄道を強調した図(強調対象でない鉄道は薄い灰色線で図示)としています。
また国土のあちらこちらにナローゲージ路線が点在しており、国鉄の駅から小さな町へ伸びる路線もあれば、ちょっと日本では考えられないような大規模路線網を持っていたものもあり、こちらも興味をそそられます。さすがに大半が廃線となっていますが、保存鉄道として生き延びている路線も少なくないことには、羨ましさを感じざるを得ません。
なお、残念なことですがポーランドは近年鉄道旅客輸送の衰退が著しく、区間によっては去年までは列車が走っていたのに今年は運転がなくなっていた、というような事例が多発しています。
地図を見てどんな鉄道かと気になって調べてみたら、列車が走っていないことが判って落胆することがあるかもしれませんので、念のため。
アッパーシレジア工業地帯の拡大図。川と県境以外、線状に描かれているものは全て線路です。
●入手方法
きわめて充実した内容の本書ですが、流石に日本で関心をもつ人はあまりいないと見え、日本のAmazonなどでは扱っていません。アメリカのAmazon.com、イギリスのAmazon.co.ukなどでも扱いがないようです。
ですが、出版社の直営オンラインショップで入手が可能です!……と言いたいところなのですが、残念ながら2013年6月現在、品切れのようです。
しかしながら、本書の姉妹編である『MAŁY ATLAS LINII KOLEJOWYCH POLSKI(ポーランド鉄道小型地図)』なら取り扱い中です。「MAŁY(小さい)」の名のとおり、おそらく何がしかの内容が省略されていると思いますが。
オンラインショップでは、ポーランド語のほか英語にも対応(当然ながら日本語対応は不可)しており、日本へも送ってもらえます。メールでの問合せも英語対応が可能です。
●そんなにマニアックじゃなくてもいいんだけど……という場合は
わざわざポーランドから巨大な本を取り寄せるほどではないんだけど、トーマスクック時刻表の路線図では簡略すぎる……という場合は、以下のページ(ポーランド国鉄の公式サイト)から鉄道全線の路線図が入手可能です。
http://www.plk-sa.pl/fileadmin/PDF/mapy/2013_01_04_linie_kolejowe_750_000_LRS_HC_WWW_07.pdf
ただ、この路線図では小駅の駅名が省略されていたり、路線網が込み入った地域でも拡大図が無かったりと、若干不満を感じさせるものであるのが残念ですが、トーマスクックやガイドブックの路線図よりははるかに情報量は多いでしょう。またこの地図には貨物線も表示されていますが、これは作成元が旅客列車の運行会社(PKP)ではなく、線路管理会社(PLK)であるためと思われます。鉄道ファンとしては楽しいですが、旅行で使おうとする場合には注意が必要です。凡例がポーランド語のみなのも、慣れない方には困るかもしれません。
もうちょっとマニア向けの情報もあるとうれしいという場合には、以下のサイトはいかがでしょう。
Railmap – kolejowa mapa Polski
国鉄の旅客線だけでなく、貨物線やナローゲージ鉄道も載っており、一般的な旅客向けの情報では満足できない方(私のような)も楽しめるかと思います。
※本書には邦題はありません。『ポーランド鉄道路線地図』とは、内容を理解しやすいように便宜的につけたものです。