【本の紹介】世界の鉄道紀行

●タイトルは平凡、内容は非凡
『世界の鉄道紀行』とは何とも直球ストレートなタイトルですが、「世界の」という言葉に偽りはなく、本当に世界各地の鉄道乗車記が収められています。中国や台湾といった近場から、タイ、オーストラリア、ハワイなど普通の人の旅行先としても人気の場所もあれば、キルギス、ボリビア、ザンビアなど、普通の日本人旅行者はめったに行かないであろう国々まで、バラエティに富んでいます。おそらくは意図的にバランスをとるように選ばれたのでしょう。
列車の性格もそれこそピンからキリまでバラエティに富んだものが選ばれており、「ピン」の方ではマチュピチュに向かう観光列車や、ハワイの蒸機保存鉄道、ザンビアのクルーズトレインといった列車に乗車している一方で、「キリ」の方もまた色々掲載されています。キリ具合も列車によって濃淡ありますが、本書の中でもっとも激しいキリ具合と言えそうなのは、カンボジアの混合列車と、ボリビアのレールバスでしょうか。

●日本では想像もつかない列車の乗車記も
カンボジアの列車乗車記では、外販が錆びつき窓ガラスがないなどは序の口で、「内側壁と天井板は半分以上剥がされて木の骨組みが露出。木製の座席は一部が床下に陥没している」といった有様の強烈なボロ客車の様子が記されています。とはいえ、客車が想像を絶するボロだったから散々な旅行だったかといえばそうではなく、筆者が「乗ってよかった」と本心から思っているであろう体験をするのですが。
またボリビアでは、列車に乗ろうと思ってホームに行ったら、それはレールバス、というよりほぼバスでで唖然としたという話も書かれています。「レールバス」といっても、日本で想像するような第三セクター鉄道や南部縦貫鉄道のようなもではなく、ボンネットバスのタイヤを取り払って車輪を付けたような、正真正銘のバスがホームに待っていたなどと書かれており、「『列車』と呼ぶにはあまりに珍妙な姿を見た瞬間、私は唖然とした」という一文にも納得させられる描写です。
このボリビアの鉄道、沿線の状況もまた日本人の常識を覆すもので、「褐色の岩場に四方を取り囲まれた場所に停車」して、乗客が降りていったり、始発駅から150kmほど列車に乗ってきているのに道路が車窓から見えず「人の生活の匂いは車窓から感じられるようになってきたが」鉄道以外の交通手段が見当たらないのだ」などという状況だったりと、なかなかの状況が描写されています。
自分が旅行者なら、戻りの交通手段を心配しながらこんな状況に置かれるのは御免ですが、読者として楽しむには最高に興味深い一章です。

●ちゃんとした鉄道の旅行記ももちろん収録
もちろん、掲載されているのは上述したようなぶっ飛んだ列車の乗車記だけではなく、欧米その他の「ちゃんとした」鉄道の乗車記もあります。
とはいえ、その中でも一ひねりしてあるのが面白く、例えば西欧の列車で取り上げられているのは、TGVでもICEでもなく、本家本元のオリエントエクスプレス――つまり戦前の豪華車両を復活させたNIOEやVSOEではなく、冴えない夜行列車として2009年に廃止されたハンガリー~フランス間の列車――だったりします。この章の最後、終着のパリ東駅で筆者が降車するところで、「自分の乗ってきた列車の名前がオリエント・エクスプレスだということを、下車した時の私はすっかり忘れてしまった」などと書かれてしまっていますが、さもありなん、復活豪華版でない方のオリエントエクスプレスがいかに冴えない列車だったか、それまでの文章でよくわかります。

おそらく、筆者の数多い鉄道旅行体験から選りすぐったのだと思いますが、ポンコツ鉄道からまともな鉄道まで、バラエティにあふれた鉄道旅行を追体験できるのが楽しく、一冊で十二分におなか一杯になりました。

ただ少し残念なのは、写真が掲載されていないことで、取り上げられた列車の中で最も特徴的であろうボリビアのレールバスだけが、唯一の写真として本書の帯を飾っています。本文中の描写で列車の雰囲気は十分想像できるものの、やっぱり鉄道ファンとしては列車の色や形をそのままに目にしたいと思ってしまいます。

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