【本の紹介】乗り物にみるアジアの文化(澤 喜司郎著)

中国・タイ・韓国・ミャンマー・台湾・ベトナム・香港・シンガポールの交通を通じて、各国の文化的特徴を概観することを狙った本です。
いずれの国についても、どのような交通手段があるか紹介し、その交通手段の長所・短所と、それがどのような文化的背景から生まれたのかを解説する構成になっています。交通手段の解説については、都市間交通についても書かれていますが、ボリューム的には都市内交通に多くが割かれています。

●バラエティ豊かな各国の交通を紹介
各国の交通手段の紹介では、バラエティに富んだ交通手段の姿が楽しめ、非常に興味深いものになっています。
香港の二階建て路面電車、タイのトゥクトゥクなど、観光資源として有名な交通機関だけにとどまらず、日本の事業者のカラーでミャンマーを往来する日本製中古バス、台湾の道路を埋め尽くすスクーターなど、日本には見られない特徴的な交通事情も全編にわたって紹介されています。
また各国のユニークな交通機関を紹介するだけでなく、どの国にもある交通機関について各国ごとに差異がわかるのも楽しい点です。例えば自転車タクシーについて、タイのサムローは運転手の後ろに客席があって折りたたみ幌付き、ベトナムのシクロは前に座席があって屋根が常設、ベトナムのサイカーは多雨の気候なのになぜか屋根なしと、交通手段としての役目はほぼ同じなのにそれぞれ違った形態に発展していることが見て取れます。
また本書では行政による規制・政策についても言及されているのが特徴で、例えばシンガポールの地下鉄は禁煙・飲食禁止・駅をぶらぶら歩き回るのも禁止と厳しい規則があるそうですが、これについて「シンガポールは多民族・多宗教国家で、狭い国土に価値観や生活習慣、公衆道徳レベルの異なる多くの国民や旅行者、駐在員、移民や出稼ぎ労働者もいるため、民族や宗教などにとらわれない法律を制定して等しく遵守を求め、それによって治安と秩序を維持し、迷惑行為を抑制し、街の衛生と景観を保とうとしているからです」と記述されているなど、ただの旅行ではわからないであろう事情もわかって興味深いものです。

●残念ながら真偽・根拠不明の記述も
一方、本書には残念な面も多く見受けられます。
その国で見られる様々な事象について、主に文化的背景から理由を記述しているのですが、根拠が不明確な記述が多々見られます。
例えば、台北の新交通システム(文山線)に日本の新交通システムではなくフランスのVALシステムが採用されて理由について、「在台中国人は賄賂文化を忍び込ませ、実績のある日本の新交通システムを採用しなかったのは反日とともに日本が賄賂を拒否したことに関係していると言われています」と書かれていますが、この理由が高級紙や政府公式文書レベルの情報源によるものなのか、それともゴシップ週刊誌レベルの情報源によるものなのか、脚注も参考文献リストもないため判然としません。
また技術面への理解度に疑問のある記述も散見され、例えばソウルの空港鉄道が地下鉄の直流1500V電化に対して交流25000V電化を採用していることや、地下鉄(右側通行)と違って左側通行であることについて、「異なるシステムが混在しているところが非協調的と言われる韓国をよく表し、また幹線鉄道や韓国高速鉄道KTXが左側通行であることから、計画段階で優等生を顕示しようとしたと言われています」と文化的要因のみを記載しています。
空港鉄道とKORAIL・KTXとの直通運転という技術的理由により地下鉄と差異が出た可能性もありそうですが、これまた根拠が記されていないため、技術的要因と文化的要因の両者を比較検討した結果文化的要因が強いと判断したのか、それとも技術に疎いため文化的要因しか思いつけなかったのか、判然としません(本書における技術論の出てこなさぶりから考えて後者っぽいですが)。
本書の特色は乗り物を通じて各国の文化を明らかにする点ではあるものの、文化的背景の考察はどこもかしこも上記のような状態で、本書の価値を大きく減じています。
本書は一応専門書の体裁をとってはいますが、脚注も参考文献リストもないため内容の真偽に判断がつけられない点は致命的で、実態は専門書の皮をかぶったエッセイ同然です(エッセイと言うにはさほど面白くないですが)。専門書としての質を期待するのではなく、各国の特徴的な交通手段を気楽に楽しむための本として考えた方が良いでしょう(気楽に楽しむには高いですが)。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です